わたしの今月の一冊 四冊目


こんにちはloiolです。

本、読んでますでしょうか?

今回で四回目のこの記事ですが、前回前々回などを通して、私自身だいぶ本を手に取る時間が増えてきた感じです。

前はさっぱりだったんですが、なんでかっていうと「別になんも読みたいと思わない」って状態だったからでして、でもこの企画を通して無理やり本を手に取ってみると「こういう感じのも読んでみたい」って呼び水的に意欲が湧いてきた感じです。

 

この交換日記ならぬ、交換読書感想月誌、といいますか、この企画を通してご参加頂く方々の本を見て、

あ知らなかったけどこういう系のもあるんだ、とか

これ自分で読むにはパワーいるけどお陰でザックリどういう感じか分かったわ、

みたいに知る事ができて、ますます呼び水が水を呼んで(こういう言い方あるか分かりませんが)、本が私を呼んでる気がしてます(本が呼ぶってどういう状態なん)。

 

できたら毎月やっていきたい所存です。

もし「わたしもやりたい」って事でしたらいつでもお声がけ下さい。

 

では、以下、今月分です。

ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。

それから見出し画像はキさんによるものです。

本当にありがとうございます。スタイリッシュな絵を描かれるお方なので要チェキです。

 

以下、今回の目次です。

・aさん - 蛇にピアス/金原ひとみ

・yocificoさん - 「KISS KISS」ロアルド・ダール

・えこさん - シルエット/島本理生

・オさん - Awareness Meditation(自分を変える気づきの瞑想法)/アルボムッレ・スマナサーラ長老著

・かえれちゃん2002@し65aさん - 貧乏サヴァラン/森茉莉

・くふ王さん - ウラジーミル・ソローキン 『青い脂』

・loiol - 「前に進むための読書論」山口 真由

 


aさん

蛇にピアス/金原ひとみ

初めて読んだのは中学生の頃だった。思春期の頃、セックスとかそういう話題に敏感だった同級生たちがこぞって読んでは「痛そう」「意味がわかんなかった」と口を揃えていた。多分そういうほとぼりが冷めてから、わたしはこの本を読んだんだと思う。

その時、痛そう、とか真新しい刺激に感じる不安とか、そういうものは一切感じなかった気がする。
物語を、たとえ人格形成に影響を与える時期に読んだとしても、それだけの「せい」で何かが大きく変わるかどうかはこちら側の資質というか、そういう各々のものに委ねられると思う。それを性癖と言うのか、コンプレックスやトラウマと結びつけて見えていなかった部分、気づかないふりをしていた部分に気がついてしまうのか。今でもなぜそんなものが自分の内側にあるのかわからないけど、少なくともわたしはそれを直視せざるを得なかった。なんらかの理由でマゾヒストだから。そういう意味ではこの本が嫌いなのかもしれない。

手に取った人の数は多いと思う。映画を観た人もいるだろうし、ストーリーに大した意味はないと思う。でもわたしの脳が、心臓が魂が、これって愛っぽいな、と思ったことに、大きな意味があった。
ダサいことにわたしは今でも、いつ野垂れ死んでも構わない人間が一番つよいと思っている。

ただフラットに、生まれてきていつか死ぬということを自然なことだと思う。だから延命治療や体にいいとされるものばかり狂ったように食べたり使用したりする人たちの不自然さが、世界と時間の中で逆走してるように思える。

死と、いま存在している生だけが絶対で、それ以外はけっこうどうでもいい。

わたしはこの本を読むといつも思う。

目の前の相手はが、わたしがわたしを忘れている時間にもわたしのことが好きだったとしたら、そんなの、わたし以上にわたしじゃないかって。本当はお前がわたしなの?じゃあわたしは、誰なんだろうね。誰かに名前を呼ばれて初めて自分を認識する。そういう名前だったんだって、本気で思う。

自己愛、自己犠牲、自己探究心、と、ほんの少しの好奇心。生きているわたしの活動は全て、ブーメランみたくわたしの方へ戻ってくる。簡単なネットの性格診断で、「己の可愛がり方と快楽に異常なまでの執着心がある」と言われてもわたしは泣かなかった。なんて悲しいことだと思ったのに、そんなのとっくの昔から知っていたから。

だからきっとわたしはこの話の中に出てくる人たちが羨ましい。殺したいほどの誰かがいて、泣いたり怒ったりして、気に入らない奴を死ぬまで殴って、痛みしか信じられないって言いながらもちゃんと悲しんだり心配したりする。

優しくなりたい。優しさってなんだろう、愛ってなんだろう、そういうことを一度でも考えてひねくれた魂は、もう二度と世の中に蔓延る普通の優しさにも愛にも見合わない。それで全然オッケーだと、マイノリティに酔えるくらい馬鹿ならば!さぞ楽しかっただらうに。毎回毎回わかんないよって頭抱えてはクソ真面目に誠実に高い理想に手を伸ばす。諦めたふりをして、そんなもんあるわけないじゃんって鼻で笑って、目に見えないもの全部愛に仕立て上げるの悪趣味だよって悪態ついて、人は一人、寂しいのなんて当たり前。そのことに納得しながらもどこか、どこかでは、何かを待ってる。それは自分のつまらない戯言や憶測なんて笑い飛ばす何か、イコールで同じ誠意が返ってくる何か、泣きながらわたしの目の前で床に頭を擦り付ける何か、壊して、壊れて、勝手に治ったり修理したり、そうやって欠けた部分を見つける方法を。

もしまだ10代の少女みたいな夢をみていいとわたしがわたしを許せる時が来たとしたら、いつかわたしにしかわからない波長で、手離せない、離れたら死んでしまうようなものに凭れ掛かることが叶ったわたしを、わたしに、見せたい。

 

yocificoさん

「KISS KISS」ロアルド・ダール

書籍の表紙や装丁、音楽CDのパッケージデザインで買ういわゆるジャケ買いの機会がめっきり減ってしまいました。電子書籍ではダウンロード直後から表紙はすっ飛ばされていて、「(どうせ本編から読むだろうからそちらを)開いておいて差し上げましたよ。」と言わんばかりのおせっかいです。わざわざ表紙に戻って「ふむ」と一息おいてから、改めて本編を読み始めることもあります。このジャケットの地位の低下は「モノ」を成す器がどうでもよくなってしまった感じがして少し寂しさを覚えます。

ではネットに溢れるものはみな純粋に中味で勝負しているのかというとそういうわけでもなくて、出会い系のサービスなんかはむしろ見た目が重要だったりするのだろうから、なんとも不思議なものです。

そんな中この「KISS KISS」という本は書店でジャケ買いした本のひとつです。とてもポップでガーリーですね。これはNorikazu Hattaという方のデザインで、本読みの方ならご存知の「ブクログ」のキャラクターたちのデザインにも関わられていたようです。読後にこの文を書くにあたって初めて知りました。

さらにこれまた不勉強ゆえ、後から知ったのですが、本の作者ロアルド・ダールもかなり有名な人で「チャーリーとチョコレート工場」の原作や「007は二度死ぬ」の脚本を手がけていたりします。この短編集もWikipediaの英語版に項目があるだけでなく、各話すべての項目までもが単体の記事であるほどです。

11編の短編はどれも奇妙な作品です。淡々と語られるブラックでグロテスク、スパイスの効いたお話の数々には、表紙のかわいらしさからは良い意味で裏切られました。『始まりと大惨事ー実話ー』『豚』という二編が印象的で、非常に後味の悪い感じでした。1960年頃の作品ということで多少の古臭さはありますが、ミステリ翻訳の第一人者田口俊樹による新訳版なので非常に読みやすいです。

 

えこさん

シルエット/島本理生

「はじまりは曖昧なのに、終わりはいつだってくっきりとしている。」
叶った恋も叶わなかった恋もあるけれど、思い返すとそれは真理だと思う。なんとなくはじまったものが、ある日を境に完全に終わってしまう。大人の関係と言えばまぁそうかもしれないし、なんだかものすごく幼稚な気もする。

島本理生の描く恋愛には、やけにリアルな湿度がある。湧き上がる衝動が、伝えたいけれど伝えられない言葉が、閉めきった浴室の湯気みたいに行き場をなくして漂っている。恋愛小説って誰でも書けそうじゃない?誰かを好きで苦しいとか、いっしょにいられて嬉しいって文字にすればいいんでしょ。長い間そう思っていたけれどたぶんそれは間違いで、めちゃくちゃなエネルギーと感受性と表現力みたいななにかが要るのかもしれない。

10代の若者に誰かを愛するなんてことが分かるはずもないけれど、本当に手に入れたいものと、今すぐに都合よく手に入るもののことは、ちゃんと分かっている。いちいち考えなくても、彼女たちは無意識のうちにそれを区別して、脳の別々の場所を使って、別々のやり方で恋に変えることができる。あのころのわたしが、まわりの友人たちがそうであったように。手近な体温とありきたりな言葉にうつつを抜かしながら、いつだって遠くを見ている。先生を好きになったり、仲が良いだけの同級生と思いつきで付き合ってみたり、手をつないでキスをする相手を「男友達」と呼んでいたり、したでしょう?それでも大人になって思い出すのは、ただの一度も触れたことのない人のことだったり。読んでいるうちに、大人になって忘れたふりをしていた記憶が次々によみがえり、呆れて笑うしかなかった。だからやっぱり恋愛小説は嫌いだ。

物語の彼女はきっと後悔し続ける。そしてゆっくりと時間をかけて、突然襲ってくるそれと上手に付き合っていけるようになるんだと思う。それでいい。そうであってほしい。身を切るような後悔ならいらないけれど、今さらどうしようもない過去にいくらか救われることがわたしにはあるから。雨の降る日曜の朝、誰かの腕に抱かれて眠る夜、いつかこの瞬間に悔いを見つけてしまわないように祈りながら目を閉じる。

 

オさん

Awareness Meditation(自分を変える気づきの瞑想法)/アルボムッレ・スマナサーラ長老著

瞑想を始めたのは今に始まったことではなく、
現在でもう数年にもなる。

一人暮らしを辞めて滅多にする事はなくなったがあの時なされた脳みその手術で今の結果があると思っている。

これは、自分が実践してきた瞑想法の一番詳しく書かれている書籍なのだが、
最近になってまた読み返すことが多くなったので誰かに紹介したくて恐れ多くもこの記事に寄せさせて頂いた。

 

ちなみに俺は仏教徒ではない。

 

人間の幸せってなんだ。

例えば毎日好きな仕事ができること、
美味しいものを食べられること、
恋人と毎日ラブラブなこと、
モテること、
家を買うこと、
投資で成功すること

その他

 

↑これは全部生ゴミ。

 

この本の著者であるスマナサーラ長老は
尊敬するお坊さんである。
この方の言い方はキツい。

 

しかし上記のことが全部生ゴミだということを気づくためには自分自身の持っている殻を打ち破り続ける必要があり、そのためにはキツい言い方が必要なのである。

 

具体的な瞑想の仕方が書いてあるが、
瞑想法よりもなぜ瞑想をするのかを理解できる本である。

 

なぜ幸せになった方がいいのか。
なぜ幸福になっても舞い上がってはいけないのか。

 

一般的に「不幸」といわれる状況
病気になる
失恋する
災害で家が倒壊する
肉親が死ぬ
などに直面しても、
幸せでいられる究極の方法を得られる。

人間は心をしっかりしないといけないのだが、
心を鍛え上げて掃除する方法がここにある。

 

この本の内容は、
今までの生活を変えずに取り入れることができる。

 

よく誰かの相談にのっていて、
ああ、こうすればこの人はきっと大丈夫になっていくだろうなあと感じる場面が増えてきたので
ここで「また読んだよ~」と記録させて頂く。

かえれちゃん2002@し65aさん

貧乏サヴァラン/森茉莉

たまたま好きなブログを書いている人が愛読している本で知ってから、図書館で借りて読んでから小説が欲しいなと思い、買う機会を逃し続けていました。

今回、旦那の家族の法事があり3日間沖縄へ帰省するから飛行機の中で読もうと思いこの本を手に入れたのです。

実際には疲れ果ててしまって、飛行機の中では読めず沖縄に着いてからちょっと読む程度しかできませんでした。

以前読んだときと今読んで良かったところはどこかなと思いながら読んでいたのですが、まず一はどこから読んでもどの話も短くて読みやすい、そしてニに食べ物のかおり、季節のにおい、温度、食べ物の風情、風味がしてくるような迫力がある文章がすごく好きで何度読み返しても大好きな喫茶店に毎日通ってるようなそんな本だと思いました。

さっきも話してしまいましたが、この本を読めるときは休憩をしている時間がほとんどで最後に読んだのは城跡で紅茶を飲みながら、この本を閉じました。

今これを書いているときは、わたしはまた都会に帰って毎日この貧乏サヴァランを読んでいるでしょう。

 

くふ王さん

ウラジーミル・ソローキン 『青い脂』

ロシア文学作家のクローン達が執筆活動することによって生じる「青い脂」という謎の物質をめぐるSF物語。かなり難解な上に冒涜的だが、文章の細部にえもいわれぬ魅力がある。

ドストエフスキー2号、トルストイ4号といった不完全な文豪クローン達による作中作は文豪たちの筆致を精巧に踏襲しつつも破綻しており、不気味な味わいがある。あとはソ連とドイツが戦争でヨーロッパを征服していたり、スターリンとフルシチョフが濃厚な男色シーンを演じたり。暴力とスカトロジーにまみれて登場人物はどんどん死んでいく。

ロシアの文学史、世界情勢、政治問題などのパロディなのかな?と

思うが、何しろ超展開だし難解だしで頭がついていかない。

ある程度ロシア文学や世界史についての素養があると読みやすいのかもしれない。

友人にドストエフスキーの『死の家の記録』が好きなんだよねと話したら、何故か絶対気にいるから!とオススメされて読んだのがきっかけ。

話の筋はぶっ飛んでいるけど、たしかに一つ一つの文や言葉は面白い。理解できてるとは言いがたいが、不思議と繰り返し読んでしまっている。

最近ちゃんとした(?)小説を読むのに疲れてきてたので、これぐらいのぶっ壊れ具合が心地いい気もする。

あと、メチャクチャをやってなおかつ面白いものを作るのは細かい計算や工夫の上に成り立つ至難のわざなのだろうなー、とも思う。

 

loiol

「前に進むための読書論」山口 真由

紀伊国屋新宿本店に、無心で入って流れるまま色んな本棚をさまよって、気づいたら民俗学コーナーで呪術だの巫女だのってのを読んでました。

そして、はっ、とそういう自分の根源的な趣味的な部分を楽しませるための読書というのは今までのもので、現在取り組んでみたいのはその真逆のものであるので手を止め、さらにさまよいました。

なんで真逆を行かないといけないのかというと、階段でいうと登り、農作業でいうと開墾が必要だからで、「なんか新しいもの取り入れたい」って気持ちがあるゆえです。

 

で、文庫じゃなくて新書の辺りに行って思ったのは「本のサイズって読書体験に関係あるよね」って事です。

持ちやすさ、あと見やすさ。
新書って縦長なんですけど、一行の文字数が目で追うのに心地良い、とか、一ページに並ぶ行の数がちょうどイイ、みたいのって無意識に読みやすさに繋がってる気がしました(文庫だともっとぎゅっとしてて何か息苦しい)。

あとは、ページ数。
新書の厚みって何かスタイリッシュ。読み切れそうな文量なので手に取るプレッシャーも低い。

ガッツリしたやつって「これ何日かかるんだろう..」って萎えます。

最後に紙質。光文社のってなんかサラサラ度が他のより高くて、上質な絹って感じ。

 

そんな事を色々手にしながら感じて、つい光文社の背表紙の前で長くいたのですが、それぞれ専門的なトピックについて述べてるものばかりでどれも面白そうなんだけど、同時に別に知らなくてもいいかとも思ってしまい、「一体、私は本から何を得ようとしているんだろう」と迷ってしまいました。

そしたら本書の「前に進むため」という文言が目に入って、そうだ前に進みたいんだって思ってめくったら、あこれだと思った次第です。

著者はめっさ経歴が華々しいお方で何となく知っていましたし、読書量がものすごいこの人が「これは良い本」って選んだものを解説してくれるという「良い感じのを一気に広く知れる」っていう私が好きなタイプの「良さみ抽出カタログ系」でした。

 

国内外の小説、ノンフィクション、児童文学、ファンタジーと幅広く、有名なものから初めて目にする名前まで。

 

以下、良かったフレーズの抜粋です。

読書は自分と向き合う力を与えてくれます。そして、読書は、挑戦する力を、いつも私に与えてくれるのです。

私はスーパーマンじゃない、でもそれってすばらしい、一歩ずつ前に進んでいることを実感できるから。

「実用・合理性・短期的視点」だけでは、人間は絶対に前には進めません~もうひとつの重要な推進力が必要です。それが人間性です。そして、この人間性を育てるために、読書ほど有用なものはないと思います。

「こうあるべきだ」という確固たる規範は、「こうである」という事実を歪めてしまいます。

「フェミニンな本」というのは、作者が残した曖昧さを、読者の想像力によって補わなくてはなりません。これは、こちらがメッセージを「取りにいく」本です。

作家がいかに装丁や活字、紙質にこだわっているかが書かれていました~表紙や帯で、作家は、必死に私たちにその本の雰囲気を伝えようとしているのです。そこのセンスと合致する本を買えば、中身でも満足できる可能性が、格段に高い!

人生の何割かが、何かを待つ時間だそうです。

どんな権力にも縛られないということは、逆に言えば、どんな権力にも守ってもらえないということです。

今、何か怖いものがあったとしても、それは自分がつくり出した恐怖かもしれない。ちょっとの勇気が、現実と向き合う力を与え、その幻の影を取り去ってくれるかもしれない。

「私は、この世界の人とは違う」の次に続く言葉が、「だから、ダメなんだ」ではなくて、「それってすばらしい」なのです。

私は「フェミニズム」が嫌いでした。アカデミックとプロパガンダをごちゃまぜにするのは、知的ではないと思うからです。

連れ添った夫婦間の、ロマンスのような、嫉妬のような、フワフワした気持ちが「浮わ気」というタイトルによく表れています。

「大っ嫌い!ねえ、でも、お願い、一人にしないで」

だいたい、自分が何者であるかについて確信を持てている人が、どのくらいいるのでしょう。

向上心あふれる両親は、自分たちが叶えきれなかった野心を子どもたちに託します。

「この人のために、私が頑張らきゃ」と周囲に思わせる資質~チャーミング、かつ、どこかに隙がある。

自分が何者であるかを確信した人は、前に進むことができる。

 

 


 

という感じです。

今回も様々な本が混じってて海外の作品もあったりして、本って世界に何冊くらいあんのかな?って漠然とした事を思いました。

 

aさんの、めっさ有名なやつですよね。内容知らなかったけどなんとなくこんな感じかなって軽く思ってたけど、aさんの視点で見えてくるこの本めっさガッツリ濃いやん..って。記事冒頭で呼び水って言葉使いましたけど、読書体験の内、本がこっちの内面を、無意識だった部分とか封じ込めていた部分とかを引きずり出す時ってありますよね。良い本っていうのは、表面上大衆向けな大味っぽく見えるけど、同時に大勢のそういう引きずり出しをするっていう意味でヤバイのかもしれない。

 

yocificoさんのは、ジャケの意味合いを再確認させられるもので、私はすっかり「電子書籍でもいいやん」みたいになってしまってジャケをよく見ない人になりつつあったのですが、装丁に込められた思いみたいのもあるよねそういえばって事で、はっとした次第です。文字の作品と言えど、目に映るという意味で装丁もセットの表現方法なわけで、そこから手に取らせて読ませるっていうエネルギーが存在するっていうのも忘れずに楽しんでゆきたいと思う次第です。

 

えこさんのは、恋愛もので、私はあんまり読んだ事ない系なんだけど、感想を読む限り、思春期の時の私が召喚されるようで、それはわりと困るっていうか、せっかく「思い出という形で自分を納得させられたのに」みたいのがまた息を吹き返してしまうっていうか、そんなの困るけど「そういうの嫌いじゃない」みたいな。だから読んでみたい。そして胸が苦しくなりたい。でも恋愛ものって全然読んだ事がないのでどれから読んだら良いか分からないので、とりあえずこのシルエットってのにしよう。っていうかシルエットっていうタイトルめっさいいやん..

 

オさんのは、なんか長老ものっていうか、宗教?とはまた違う、なんて言うか自分の内面への旅の手引き的な、心のヨガっぽいやつっぽい。実際私自身毎日迷ってるし、どうしたらいいのか分からないけどきっと聡明な人に相談しても最終的に自分の心に聞けって言われそうだし、いくら良いアドバイスでも自分が腑に落ちてないと身にならないっぽい。その為にはやはり瞑想なのか..?答えはこの本を読めば分かるだろうから読むしかねえ!自分を、運命を変えるんや!

 

かえれちゃんさんのも、著者のお方有名ですよね。有名な人の娘だっけか?エッセイの第一人者的な?内容としては食べ物系で、どっから読んでもいい系っていうライトな手に取りやすい旅のお供にぴったりっていう。思えば読書って「さあ読むぞ」って時と「合間の時間にちょっと」みたいなのがあって、物語系って合間に読むと「この前ってどういう感じだったっけ」ってなったりするのでこういういつでもどうぞ系はコマ切れの時間を生きる私たちの読書胃に優しいですよね(読書胃って言葉があるかはさておき)。城跡で読書する、っていうのもめっさ良い感じやん..と思いました。

 

くふさんのは、海外系でもさらにハードコアって感じのロシア系SFってなもんで、私もハードSF的な本は過去何度かトライを試みた事があるのですが、本屋で「ほうこれが..」って背表紙を見てその分厚さに圧倒されて「また今度にしておくか..」って去ったり、手に取って「ほほう..」ってその重さにビビって「すごいな..」って棚に戻したり。なので読み切っただけでもすごいし、その感触をこういう形で共有頂けて「そうだったのか!」ってすごいスッキリ。激ムズ系だって分かった訳ですが、次はどう実際に読み進めたらよいのかを探っていきたいと思います。

 

んで、私のやつはホントあらすじ集って感じでこういうカタログみたいなのほんとすこ。広く浅く知りたい欲が私の中にあるっていうのに気づきました。なんとなく知ってたい、じっくり知ろうとするほど根性はない、っていう。いやじっくり知りたいものって「よし、じっくり知ろう」って思う間もなく、一気に飲み干す勢いが自分の意志とか違う所から押し寄せてきて気づいたらじっくり知ってた、みたいなのばっかじゃないですか。

でもそういう神風待ちオンリーってのもどうなん、って思ったのでこの企画があるわけでして。

 

と、

いや本ってやっぱ疑う余地なく面白いですわ。

ついつい「お金と時間を使ってるんだから、何か得なきゃ!」みたいに思いがちですが、そんな事はなくて「へーこんなんあるんだ、なるほどこんなんなってて、これは苦手かもだなー、いやこれ何か敬遠してたけど好きかもだわ」みたいに、ディズニーランドに来てみた!みたいなノリで本の世界を探検する、ってのが正しい気がしてます私的に。

 

是非みなさんの感覚も共有してもらえたらもっと楽しいなと思っておりますので、もし感想寄せてもよくってよ、というそこのあなた!

ツイッターで私めにコンタクト下さって下さいな。

 

ではまた。