「念仏寺の石」-日常のオカルティズム その1


何かを集める、という行為が好きですが、今年に入ってからは「人からきいた不思議な話」を集めています。「知ってる人からきいた」「ほんとうの話」という微妙なリアリティが重要で、わたしはこれを「日常のオカルティズム」とか「現代の民俗学」とか言ってはしゃいでいますがまだしっかりと定義や言語化はできていません。

この「人からきいた不思議な話」については集まったら今後ちゃんとまとめて本のかたちにしようと思っています。

まだまだ本にするには数が少ないので一部、このサイトでも紹介していきながらさらに不思議な話を蒐集していこうと思っています。こんな話があるんだけど、と思いついた人はぜひこのページのコメント欄などに書き込んだりわたしのTwitterなどで教えて頂ければと思います。よろしくお願いします。

では、記念すべき第一回はわたし自身の持ってる不思議な話をご紹介します。

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両親が京都旅行に行った時の話。嵐山周辺を観光していて、化野念仏寺まで行ってきたそうだ。

化野念仏寺はご存知の通り、無縁仏が集まる寺。境内には無数の小さな丸い石が積み重なっている。その石一つ一つが無縁仏の墓なのだとかなんとか。

わたしの母親は超天然で仏教系の信心が一切ない。物見遊山の気分で「記念にこの石持って変えろ〜っと♪」と石を2,3こポケットに入れ、寺を立ち去った。

その後も周辺の名所を観光していたが、記念撮影をしようとするとさっきまで使えていた使い捨てカメラの調子がおかしい。シャッターが降りなかったりする。そこでようやく気味が悪くなり、ポケットに入れていた念仏寺の石をその辺に捨て(おいおい)、とりあえずその後は無事に京都観光は終わった。

帰って来て件のカメラを現像に出し、できた写真をみたところ、どれも妙な光りが写っていたり、被写体がダブっていたりしていた。

 

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わたしの母は石を拾ってくるのが好きなのですが、このことがあってからは無闇に石を拾ってこなくなった気がします。それと、うちの母エピソードで言うと、わたしが小さい頃は母は招き猫が好きで、集めていました。小さい頃のおぼろげな記憶でも家の中にたくさん招き猫があったのを覚えています。

ですが、母の友達が家にやってきた時に「この家は悪魔に取り憑かれている」と言われてそれ以来招き猫をすべて処分したという経緯があります。

特にオチはないし、このエピソードから何か言おうとしても何も出てこないのですが、なんかこういうオチがない話ってなんかいいね。っていう。

招き猫を集めていたただの天然なだけの母が「悪魔に取り憑かれている」と言われたのもそうですが、本人がオカルト的な(いわゆる霊感)みたいな特性がなくても、そういうものに近づいていけばそういうオカルト的な言説に不可抗力で巻き込まれる、みたいな一例ですが、わたしの「不思議な話」蒐集もそこを目指したいところであります。何が見えてくるかはわかりませんが、奇特な方だけお付き合いいただければと思います。