結崎剛さん-喫茶 むぎ子の部屋 第1回


mugikoth

喫茶むぎ子の部屋はインターネット上にある小さな喫茶室です。毎回ゲストをお呼びしていろいろなお話をしていきたいとおもっています。記念すべき第一回目のお客様は結崎剛さんです。昨年11月に、第一歌集『少年の頃の友達』を上梓されました。また、ママ・むぎ子とタッグを組み、現在『新訳・不思議の国のアリス』を準備中であります。前置きが長くなりましたが、よろしくお願いします。

結:はいよろしくです~

む:ではまず簡単にプロフィールを教えて下さい

結:結崎剛(ゆうきごう)です。東京生まれ、よみうりランド育ち、現在鎌倉在住です!

む:わたしは日本で3番目くらいに好きな場所が鎌倉です

結:一番は熊野ですか? 住んでいるとなかなか良さがわからないものですね

えーっと、はじめにむぎほさんの画にであった画像を探してこようと思ったんですが、忘れてました(笑)

あれはどこにあるんだろうな……。セーラームーンみたいな服装でろろいさんと思しいひとが描いてあって、カラーで、どこか映画版クレヨンしんちゃんみたいな……

む:これですかね

ろろい

結:これこれ!さいこ~!!!

む: ホーリーバニッシュですね(笑)。あーたしかにクレヨンしんちゃんぽさありますね

結:何度も言いますがこれスマホの待ち受けにしてたんで(笑)

む:うれし〜です!!その後、Twitterで相互フォローになり、なぜかわたしの絵を毎回褒めてくださって・・・みたいな感じですよね。結崎さんの褒め力は素晴らしいですよね・・・

結:これはかなり印象に残ってますね。で、なんかろろいさん?と妄想物語的な?話を展開していて、なんかよく読んでいないのですがいいな~と

む:フフフ・・・

結:この絵は褒めますよ。何度もいいますが最高です

む:ひーんありがとうございます

人から褒められないとなんのやる気も出ない人間なので結崎さんの存在はありがたいです

結:画は、一目見ただけでわかっちゃいますよね。それが怖いなあと思います

む:ああ、そうですね。それはありますよね。ダメなものはたとえ上手でも好きになれないですもんね

結:文フリもハンターみたいな目でみんな通り過ぎていく(笑)

「もっと見て欲しい」とこっちも向こうも思うものなんだろうけど、意外とあんな一瞬で見ているのかもしれない

む:基本お目当てのものしかちゃんと見ないですしね

結:そうですねえ。ちょっと踏む込んで言うと、やっぱり「読まない理由」とか「手に取らない理由」、「買わない理由」みたいなネガティブなことの方が挙げやすい。なかなか「これは!」ってならないようにフィルターが自然とできちゃってるのかなあとか、人とか自分のこと考えると思いますね

そうそう、2010年からツイッターやってるんですが、そのときは、内容じゃなくて、アイコンでフォローする人を決めていたんですよ

Twitterのアイコンとインターネットの顔のはなし

む:どんなアイコンの人をフォローしてたんですか?

結:基本は、なんかいいなって思った人なんですが、当時もいまもアニメアイコンや、御本人さんの顔写真とかは避けていて

む:あーでもそれはなんかありますね

結:そのひととは、初対面なので、なにか顔とかは遠慮したくなる……

でもやっぱり、そのせいで美大生とか、そういう人をフォローしていることが多くなったかも

む:わたしもアイコンで選別して、さらにツイートの内容をみてフォローするか決める感じかも

結:内容でフォローすると自分の「思想」に偏ったものになる、とかって当時よく言われていて、それに反発していたのもあったのかも。おかげで内容はいろいろで、変なひとがいるなあとか思えて愉しいですね

む:2010年あたりってちょうど津田大介さんがブイブイいわしてたころで、「まずは1000人フォローしろ」とかそういうのがありましたよね

結:始めた当時は、気持ち悪いアイコンが出てくるのが、いやでいやで笑 文章は読まないで済ませられるけど、画像はそうじゃないですね

む:気持ち悪いアイコンがあったんですか(笑)

結:津田大介さんはフォローしてないけど(しなくても回ってくる笑)、それは意識してたかもしれない。1000人いたらいいかなみたいな

む:でも、有名人の方とかは自分の顔写真にしていることが多いですよね。東浩紀さんとかをフォローしているとTLみるたびにあずまんの顔をみなきゃいけない

結:顔は苦手なんだよね。本でも、対談本とか、たまに見開きで著者とかが大写しになっているでしょう。あれ気になって本文が読めない(笑)

む:人の顔覚えられないタイプですか

結:覚えない

思い出したけど、東浩紀さんがじぶんのお子さんを顔をアイコンにしていたの、いやだったなあ

む:ああ、そうでしたね

結:気色悪い。あ、でもさ このあいだ、youtubeで、じぶんのお顔を出して、ごじしんのいろんな外国語習得術みたいないのを配信しているたぶんオカマちゃんの動画を観たんだけどじぶんの顔をだして、じぶんの意見を言っている、それが嬉々としているってすばらしいなって思ったんだよね

これ、そのうち見てみてください(笑)

む:再生回数が微妙・・・(笑)

結:これなんか絶妙におもしろいんだよね(笑)

最近ちょっとショックだった動画です(笑)

む:ユーチューバー界もいろいろありますね

そうなんですか、じゃあ暇でしょうがない時にみてみます

最近はネットに自分の顔を出して発言することのハードルがだいぶ下がりましたね。

自撮り載せるのとか、ユーチューバーとか

結:ね、ニコニコではずっと「声」だったじゃない。でもいまや「顔」ですよね。FBの影響が徐々にそうしていったのね

む:わたしはまだそういうの抵抗感じますが、こういう考えもどんどん古くなっていくんでしょうね〜

結崎さんのアイコンは常に犬ですね

結:ほかにないからね(笑)

アイコン一度くらいしか変えてないと思う

む:犬好きですか

特別な思い入れありますか?

結:犬は昔から飼っているので好きですね

最初の友達と最初の創作の話

む:犬ペット歴について教えてくださいな

結:犬は、この頃思うのは、ぼくがなにをしても見つめているって感じがするのが、凄いなと思いますね

小学校~大学まで 猫2匹・犬1匹~2、3匹が当たり前で多頭飼い育ちなんですよね。

む:えーすごい!

結:犬だけでいうと、叔父が水槽に入ってた雑種(1000円)を勝手に買ってきたのが始まりで、メスなのに「がん・てつ」と名づけられていた通称てっちゃんがぼくの人生を犬へと狂わせました

む:(笑)

あ〜いいですねぇこの話ぜったい面白いので続きおねしゃす

結:てっちゃんという犬がスーパーサイヤ人的な変身をしてがんばる的なマンガも描いてました・・・・・・

む:もう、大好きだったんですね

結:めっちゃ漫画描いてましたね。そういえば「アニメ・イラスト部」所属でしたし・・・・・・・

む:え〜そうなんですか!拝見したいですね

てっちゃんのまんがはなんてタイトルだったんですか

結:「てっちゃん」だった気が・・・・・・・・・(笑)

む:シンプル・・・

結:やばい あるかな・・・・・・

む:主人公の名前のタイトルは売れるの法則・・・

結:やば・・・・・・・・

あったんですけどみます?

む:あ〜じゃあ送って下さい(笑)

残ってるのがすごいですね〜

結:この対談やばいですね(笑)

む:いいですね、まさかの展開(笑)

結:意味わからないんですけど(笑)。 なんですかこの展開(笑)

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結: (笑)

む:え〜〜〜〜〜

ちゃんと製本されている!

めちゃくちゃかわいいですね

結:ね! このときから本づくりへの欲望あったのか

む:ほんとですね〜〜〜

結:楽譜あるのとか、意味わからないし

む:楽譜なぞですね

あ〜〜〜なんか狂おしい気持ちが爆発しました

特にこれ!!!

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結:ほしい!

む:ほしい

結:てっちゃん館

む:天才犬てっちゃんキョウリュウの森おもしろそうですね

あとなんですかね、背景をしっかり塗りつぶさないといけないという幼児ならではの強迫観念的欲望、たまらないですね

結:それは当時の図工の先生に言われてたんだよね。背景に白いところをつくっちゃだめだって。たぶん白いところも白色鉛筆で塗っているはず

む:律儀〜。バーコードとかISBNもちゃんとはいってるんですね

結:あとでISBN調べて見なきゃ

「バカくん」って漫画は、A4八折り本でしょっちゅう作ってた漫画ですな

む:バカくんはほんとにあったんですね

これっていくつくらいに作ってたんですか?

結:小学校高学年でしょうか・・・・・ A4を8つに折って真ん中に切れ込みを入れる製本あるでしょう? さらにその背をホチキスで打って、16頁の漫画が描けるように製本してたんですよねえ

む:はいはい。わたしもそれで絵本つくってましたね〜

結:やっぱりそうなんだ! 当時じぶんの発明と思って秘かにじまんだったのですが。

中身とかもマジで狂っててやばいです

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20160103_21103020160103_211053む:!やばい

このころにして既に結崎さんのポエジーの片鱗ありますね

ドコはかっこいい

ドコはかわいい

ドコはポコの友だちさ

結:まあ根がバカなのですね・・・・・

やばいですね

黒猫の名前が「ドコ」で、これはぼくがつけたらしいんですよね

む:これも飼ってたネコですか?

結:そうですよ

ポコとドコ、その前にペコがいました

ポコはどっかのことばでおしっこだそうですね。子供ながらに言語に不思議にも触れましたね

む:あ〜でも子供の頃飼ってる動物ってファンタジーに連れてってくれますよね

結:むぎほさんも動物飼ってました?

む:うちはザリガニとか亀とかは弟がもらったりして飼ったことあり、それ以外でペットらしいペットを飼ったのはうさぎが最初ですね。うさこ って名前つけてました

結:かわいい!ザリガニはむかしよく釣ってました。亀も叔父たちが飼っていたなあ。兎ってどんな感じなんですか?

む:うさこはパンダうさぎで白黒のやつでしたね。脱走してしまって、すぐいなくなってしまってとても悲しかったです

中学生の時に妹の誕生日プレゼントで再びうさぎが家にきたことがあって、このこは「ハイジ」って名前でした。灰色なのでハイジ。このこはわたしが大学生になるまでいました。あと、ネコも飼ってましたよ。ハイジの後にきたのでペーターって名前(笑)

結:灰児!!!! カッコイイ~~~!!!!!

む:そうなんですよ〜ハイジって名前はかっこいいんです。中二病だったわたしのネーミングセンスです

結:灰野敬二みたい!!!

む:ですね。ハイジはうさこみたいに脱走しないで庭の中をおとなしく遊んでる子だったのでよく庭に離して遊ばせてました。かわいかったですよ

結:なんか、「灰児」という名前で、でも「ハイジ」だからコンプレックスもってるみたいな男主人公で物語書きたいね!

む:思春期特有のコンプレックスですな

加藤清史郎くんとかもいまごろ大変だと思いますよ。自分の名前に「せいし」があるって・・・

結:あ、そういう塚本邦雄の息子さんは「靑史」さんっていうんだけど

む:いい名前ですね

結:名前届け出たら役所で「え! 清史(きよし)とお読みしたほうがよろしいんじゃないですか」って言われて怒って「さしでがましい! ほっといてくれ!」って叫んだんだって。「さしでがましい」っていいことばでしょう。

む:そういう時にそういう言葉さっと出るのいいですね

話が脱線していますが、だいぶ戻しまして(笑)。てっちゃんはいつまで飼っていたんですか

結:もうその話はいいでしょう(笑)。でも彼女の名誉のために言うと、15歳まで生きて、市か区だったかで長寿で表彰されてしばらくして死にました。ぼくが中学生のときでしたかねえ

む:ペットでも長寿で表彰あるんですか!

なんか、青春期を共に過ごしたって感じですね

結:そうですね。いま考えてみると、同い年の友達を失くしたのかもしれない。

む:少年の頃の友達じゃないですか

結:(笑)。

なるほどねえ~! そうだったのかも

子供の頃のアニメの話

む:青春期に夢中になっていたものってありますか?(ここでスムーズに歌集の話に入りますか・・・とみせかけてもっと脱線させる人)

結:ゲームや漫画は中学生のときにほんとうにハマりましたね・・・・・・ エヴァンゲリオンの影響がひどかったので・・・・・

む:え〜〜なんか意外です

結:それはもう大変なものでした。小6でエヴァンゲリオン。それにポケモン、たまごっちでしょう。おもしろいものが詰まってましたよね

む:なんか、前も言いましたけど、わたしは結崎さんって老成したおじさんってイメージあったので、そういう同年代の、通過してきたターム出てくるの、なんか意外です

12歳でエヴァンゲリオン♪ ですね

結:1990年代ですからね。逃げられませんよ。しかも自宅近くに渋谷アニメイト、まんだらけなどがあって、ずいぶん深入りしました・・・・・

む:ほえ〜〜〜

綾波派アスカ派どっちですか?

結:アスカですね

む:おお〜

結:きのうもずーっとアスカの「死ぬのはイヤ」ってことばが頭に響いていて

なんでそんなに「死ぬのはいや」なんだろう? って、凄く考えちゃって。いままで考えたこともなかったんですが

む:今だにそうやって発言を思い出すあたり、どっぷりはまってたことが伺えますね

結:やっぱりお母さんに先立たれた人の悲しみなんでしょうね、死を知っているから、絶対に死にたくない

む:そこがレイとアスカの違いですよね

結:むぎほさんは綾波ですか?

む:わたし正直エヴァンゲリオンあまり知らないんですよね(笑)。最後までみてない

結:へえ~!

シン劇場版みました?

む:劇場版の最近の3作はみてます。でもやはり成人してからみているからか、そこまでハマれなかったです

エヴァンゲリオンは兄がみていて、一緒に観ていたはずなんですが、ほとんど印象に残っていなくて、大学生くらいで途中までみました。これがすごいものだということや面白さはわかったんですが、ハマれなかったですね

結:ハマったのはなんですか?

む:小学生から中学生くらいまではいわゆるオタクっぽいものが好きで、普通にオタクっぽいハマり方をしていました。峰倉かずやの「最遊記」とかが好きでしたよ(笑)

結:小学校6年生で、エヴァンゲリオンの画を書いたり、「なにがいいの?」とか友達に蔑まれながら「メ、メカがいいんだよね(笑)。」とか言っている、ほんとうはあの絶妙なほとんど死すれすれのエロさ(あれが6時台に放送されたことは死活問題だった)がたまらなく心をとらえたんですよね。きっと、ズキューンとくるものを持っていたということでしょうね

「最遊記」観てたなあ(笑)

む:エヴァがショッキングなもので、これまでみていたロボットアニメとは違う、ということは直感的に感じていましたよねこどもながらに

結:いまだに思い出すアニメは、「機動戦艦ナデシコ」とか、「NG騎士ラムネ&48」、「YAT安心宇宙旅行」とか名前忘れましたけど教育テレビの恐竜時代のタイムスリップものですね

「エスカフローネ」とか、「スレイヤーズ」、まあ、NHK教育テレビ~5~6時のテレビ東京のアニメはほぼすべて観ていたと言っていいでしょう(笑)

む:わたしは静岡県出身なのですが、静岡はアニメ不毛の地といわれるだけあって、テレ東系列のアニメとかほとんど放送されなくて・・・でもNHKのはみてました。

最遊記は深夜にやってたのをみてました(笑)

結:むぎほさんとぼくとは、5年違うんだっけ。(注・厳密には3年です)かなり観ているものが違うでしょうね。夏休みに、「スラムダンク」や「幽遊白書」がやってるんですよねえ。おもしろかった。深夜のアニメなんて最高のものでしたね

む:スラムダンクもうっすらとしか覚えてないんですよね。幽遊白書は何度か再放送してたのでみてましたが

静岡は再放送天国なんですよ

結:ああいういつまでもアニメがやっていてくれるという感覚は、いまはないと思うのですが、むぎほさんはどうですか? たとえば「ドラゴンボール」なんて、いつまでも終らないために放送されていた。いまではあれを「引き伸ばしすぎ(笑)。」といって笑ったり、「改」のような編集を加えて数クールものにしますよね。でも当時はそんなこと気にならなかった。「ドラゴンボール」がやっていて、それを毎週を見れることだけが、おもしろいを超えて「当然」だったのです。そういう感覚ってわかりますか?

む:子供にとってはマンネリだとか放送の枠だとか、そういう「大人の都合」はわからないですもんね。面白いかどうかではないところで「ドラゴンボール」が存在している感覚ありましたね

結:そして実際に「ドラゴンボール」はおもしろくない(笑)

む:初期の悟空の子供時代はいま見ても楽しめますけどね(笑)

セーラームーンもそういうものだったなあ

結:そういう意味では、作品に「大人の事情」が強烈に介在してくるのを、アニメを通じて体感した最初の時代だったのかもしれませんね

む:本当に面白かった黄金期が過ぎて、「あれ、なんかつまんなくね?」「GTってなんだよ」ってなって、放送終了した時になんとなくすべてを悟った時に、大人になりましたよね

ドラゴンボールが終了したくらいからNHK教育以外で夕方のアニメが減っていった気がします

なんか、90年代のあの頃のアニメって夕方の夕飯時の感じとセットになっている感じがあるので、あの頃のアニメは夕飯のにおいとか、学校から帰って来てランドセル放り出してお菓子食べてる感じの記憶と共にあります

そういうノスタルジックな情景と共にあるだけで、当時のアニメが3割増しのいい思い出になっている気もしますね

結:あんまり昔のことを思いだしてよかったとかいうのは嫌だけど、やっぱりそれを思い出すと現在のことのように思えるような楽しいいい経験はあって、それがぼくにはいくつかのアニメや、それを待っているブラウン管のまえだったということになりそうです

 

鎌倉の話から好きなものの話

む:おすすめの鎌倉散策コース教えてください

結:いまなら、駅から降りて八幡宮へ参拝する人波にお尻を向けて海ですね!すっごい寒い人気のない鎌倉の海を楽しめます。

む:鎌倉の海ってあまりイメージないですね

結:鎌倉の海はきれいですよ。とくに冬は、刃のようにきれいですね

む:なんかの寺から海をみたことが有る気がします

結:へえ~! どこだろう

む:長谷寺ですかね??

結:なるほど! たしかに高台から見える

鎌倉は、寺もいいですけれども、山がおすすめです。ほどよく高低差があって

む:鎌倉アップダウン激しいイメージありますね

結:なるほど、なら、鎌倉から由比ヶ浜へいって、海沿いを江の島方面へ歩き、長谷へ入って長谷寺、大仏観てから、その裏のハイキングコースへ登って、佐助神社、銭洗弁天を参って下山、そのすぐそばのカフェエチカで一服するのがいいでしょう!(笑)

む:わ〜!素敵なプランありがとうございます

結:われながらほんとうにいいコースだと思う

む:鎌倉で一番好きな季節っていつですか?

結:夏。それと去年は不思議と人出が多くて年末感あんまり感じられなかったけれどもだれもいない年末も好きですね。どちらも観光客が少ないのがポイントです

む:盆地だから夏は結構暑そうですね

結:暑いですねえ。けどみんな海へ行くので、道は空いていて、それはそれでいいですよ

む:それはいいことを教えてもらいました。せっかくなので鎌倉のグルメ情報も教えて下さい。鎌倉はスイーツのイメージがあるので。なんか美味しいご飯ありますか?

結:ぼくが行くのはもっぱら飲み屋、特に立ち飲み屋ばかりなので、グルメはねえ、鎌倉は難しいのよね……。思い浮かぶのは由比ヶ浜沿いにある牡蠣の店で「cocomo」ってところの牡蠣のピザはおいしかったな。あとは、小町通りの「鉄砲串」って軍鶏の焼き鳥も旨いですね。日本酒&鮮魚だとそのさきの「かじや」って店もいいですねえ。どこも高いので滅多に行きませんけど

む:鎌倉、カフェはいろいろあるけどご飯はいつも悩むんですよね・・・

結:ほっぺが落ちるレベル、次にまた行きたいと思う店は少ないんですよ

む:やっぱ海鮮系ですかね

結:そういう意味で言うと手前みそだけどカフェエチカもいい店と思った。きょうも海の幸のペペロンチーノってのを食べましたが何度食べても旨い

む:おお〜パスタあるんですね。ではぜひ行く時にはランチしに行きます!

結:いい店ですよ。たまにカレーもありますよ。むぎほさんお好きなカレーで薦めたいところなんですが、なかなか難しい。こんどあたらしくできたパキスタンカレーの店はいってみるつもり!

む:パキスタンカレー!珍しい気がする

結崎さんいつもなんかうまそうなもの食べてますよね

結:おいしいものって、食べた瞬間に「こんどいつ来れるだろう!?」って思うんですよね

む:そうですよね。今食べてるのに既にまた食べたくなっているっていう

旅行って普段行かない場所とか、観光的行為とか、おみやげもの買ったり、うまいもの食べたり、非日常のドーピング行為みたいなそういうところが好きです

結:そうそう! あとやっぱり、なんでもそうなんですが、「なにかがすっごく好き」っていう人と知り合うと、それが気になってしまうことありませんか? ぼくはカレーは人並だったんですが、むぎほさんをはじめこの頃「カレーがすき」だというひとに出逢うので、「そんなに?」とついついカレー食べに行く機会増えました

む:多分、人ってカレーが身近にありすぎてカレーの良さを見直すことなく通り過ぎてるんですよ

結:好きっていう気持ちは、そういう意味でも、なにかを突き抜けて、ひとの持っている認識を変えちゃうんじゃないかなって、思っているんです

む:ああ、わかります。わたしも人の好きなものについての話きくの大好きです。それに自分が興味をもつかどうかは別ですけど、好きなものについて語っている人が好きですね

結:それで「ふーん」とかいってきいてるけど、町でそれに出逢うとまた「ふーん?」とか言いながらいままでは手に取らなかったものを手に取ったりしてね。そのひとのことを思い浮かべながら。次会ったとき話のネタにでもするか、とか

む:ありますね。意識的になりますよね。これまで通り過ぎていたものに対して

結:じぶんがなにかを物凄くすきなだけで、世界が変るのかもって思っちゃう。そんなことないかもだけど

む:そんなことないかもだけどそういうこともありますよね。わたしは今準備しているこのサイトで、そういう何か好きなものを好きだっていうことをひたすら突き詰めていけたらいいなと思っています

自分が好きなモノを好きだっていうの、他の人は興味ないかもしれないけど、でも一人くらい面白いと言ってもらえたらいいなっていうそういう・・・アレです・・・(赤面)

結:わたしが愛するものは永続する。その他は塵…… というようなことをパウンドが言っていて、とても好きなことばなんですが、ぼくがなにかを好きな限りは絶対にそれはなくならないし、ぼくとともにありつづけ、それがささやかなかたちで人にも伝わるかもって思います。むぎほさんのあたらしい仕事も、パウンドの詩を思わせますね

む:素敵な言葉だし考えるといろんな解釈できそうですね。自分の見ている世界というのは好きなものだけで、それ以外は塵で、存在していないのと同じかもしれなません。Twitterとか、昨今のインターネットとかそうだな〜と思います

結:書籍の電子化など、世の中「検索可能」であることに主軸が移って、じぶんが読みたいものしか現れない世界にどんどんなってきていますが、物質として・煩わしいものとしてある「本」や「広告」などではなく、「電子」を無暗に否定するのでもなく、ひたすらインターネット上で「編みつづける」ことによって、塵に息を吹きかけ続ける編集の力がこれから人を動かすかもしれませんね。

む:可能性の提示をありがとうございます。なんかさっきの

”好きっていう気持ちは、そういう意味でも、なにかを突き抜けて、ひとの持っている認識を変えちゃうんじゃないかなって、思っているんです。”

もですけど、コミュニケーションの基本的なことですよね。人の好きなものを教えて欲しい、影響を受けたいみたいな、そういう欲求。

好きなものを突き詰めるのと、人と対話することが割とわたしの今年のテーマです。昨日決めたんですが(笑)。この対談がその第一弾です(笑)

結:そうですね。この頃ずっとバタイユの『魔法使いの弟子』(酒井健訳、景文館書店、2015)について考えていて、ぼくなりの要約なんですが、恋愛を通じてのコミュニティや、コミュニケーション論の凝縮ですよね。ぼくも人と対話することをじぶんのテーマにしながら、かたちにできていなかった。むぎほさんの提案に即座に乗ったのは、ぼく自身もそう思っているからだと思います。「人の好きなものを教えて欲しい、影響を受けたいみたいな、そういう欲求。」ってほんとういい言葉ですね。そのおかげで、どれだけ一皮ふたかわ剝け、あたらしい自分になれたか知れません・・・

む:『魔法使いの弟子』もったいなくて途中までしか読めてなくて続き読まないまま年越してしまいましたね

わたしはよく「幸せとはなにか」みたいなことを考えているのですが、ここ1年位で感じてるのは、ある程度生活ができるくらいにお金があって、なおかつ自分の好きな表現ができて、加えて他人とコミュニケーションがとれていればそれなりに幸福に生きられるのではないかということです

結:恋愛というと照れくさいですけれども、なにかを脇目もふらず好きであることは、反社会的でありながら一つの世界を作っている。そしてその世界のなかで、なにかがあたらしく始まっている、というようなことを、書いているのかな……

む:恋人がいるというのはコミュニケーションに関してかなり満たされる状態ですよね。さらにドーパミンだかホルモンだかもバシバシ出ているからそりゃもうかなり狂乱状態というか、異常な事態ですよね。そういう状態をバタイユのロマンチックで熱っぽい言葉で書かれているあたりくらくらしてしまって読み進められなくなりました

結:バタイユは単細胞が生殖をするようになってはじめて、みずからに他者と「死」とを引き入れ、殖える。というようなことから様々な思考を展開しているのだと思いますが、だれかと話すことは、ある意味では、じぶんのなかの「物語」や「習慣」に限界や終りを告げられることもでありますよね。じぶんのだけではなく、他のひとの考え方をじぶんのなかに引き入れる。人と逢うことはそんなことな気がしますが、それでもやっぱりじぶんはじぶんであるのが、どんなに変ってもじぶんなのが不思議です。

む:そうですね。恋人ができた時の、付き合い始めの自分の心がハイになっている時って、新しい世界がビシビシ入ってくることによるものってのあると思います。恋人にかぎらず、そういう新しい世界を知っていくのは楽しいですよね

結:いい言葉ですねえ。ついつい、itunesをちあきなおみに変えてしまいました(笑)

む:自分には限界があり、好きなものに囲まれるだけの生活は皮肉なディストピアの国の王様って感じしますよね。それを打ち砕いてくれるのは他者との対話だよなあと思うのです

結:それで思うのは、たとえばブルトンの部屋はいろんな作品、とくに未開?社会の物物で囲まれていて、写真でみると美しいけれども、あれは、ブルトンが好きでおいているんじゃなくて、じぶんがいいなと思えるまで、理解できるまで壁に吊るしているだけかもしれない

む:物と対話する人もたまにいますね

結:ぼくもそういうタイプで犬にも物にもめちゃくちゃしゃべりかけますね

む:わたしは物に囲まれるの好きですが、物の表層的な部分しかとらえていないのでまだ対話するレベルにまで至っていません

結:もう、どこまでもいっちゃうけど、浅沼璞さんって連句の研究者の本に『中層連句宣言』(北栄社、2000)ってのがあるの。連句ってのは、575と77とを、交互に別々のひとがつなげまくる詩(ネットの連詩みたいなものです)なんですが、これでいちばん大事なのは(そしてこれがないからネット連詩おもしろくないのかもとも思うのですが)、「表層」を滑らすのでもなく、かといって深すぎる「深層」までも行かず、表現の「中層」を狙い続けるのが連句なんだってことを書いている

表現の「中層」について

む:表現の「中層」とは面白い言葉ですね。どういうイメージなのでしょう

結:たとえば寺山修司の俳句で浅沼さんは説明してくれるんだけど、

この家もだれかが道化者ならん

高き塀より越えでし揚羽

「家」と次の句の「高き塀」はほとんど表層ですよね。けれどもそうして「蝶」という日常的に「家」も「高き塀」さえをも越えていってしまうものに「道化者」と見立てることによって、表現は、深すぎず浅すぎない、けれども両方を引きずって流れてゆくような、次の世界へと移動してゆく力もつ、というようなことでしょうか

む:なるほど。わたし、短歌とか詩歌がほんとにわからなくて浅学すぎて恥ずかしいのですが、短歌とかってなんとなくルールがある程度固まっているものなので、それなりに抑えるべきところを抑えておけばそれなりのものができる世界なのではないかと考えてます。中層って、テクニカルな部分ではなかなかカバーできない、「センス」としかいいようのない部分って感じしますね。いかにイメージに託すか、みたいな

結:うーん、マンガにおけるコマ割りとか、ないとしょうがないもの=とりあえずはそれがあればマンガだとみなされるもの。それが例えば短歌や俳句の「定型」でしょうね。という意味では、おもしろくなくても短歌や俳句になるということです。でもマンガって、読む人を愉しませたいなあ、少なくともじぶんくらいはおもしろいと思えるものを書きたいと思うと思います。短歌や俳句の多くの悲しいところは、そういうことを考えず、ただ短歌や俳句になってさえいれば安心する、というところがあると思います。

むぎほさんはどう思いますか? 短歌というものを見ていると、たまにこの人はじぶんが真に思っていることよりもただ「短歌」を書きたかったんだな、と思うことがあるんです。そんなとき、嫌な気持ちになるんです。短歌って、いやなものだなあって。その人自身ではなく、「短歌」だけがあることだけが肯定されている。そういうことがたとえばマンガにはありますか? このひとはただ「マンガ」が描きたかったんだなと思うこと

む:例えば最近Twitterではよくリツイートされてきて目に入るものなんかでよくあるんですが、4コマになっているけど、白い棒人間みたいな人が出てきて、描いた人の言いたいことを一方的に伝えて終了みたいな、そういうのはまんがのかたちだけど、まんがじゃないなあと思ったりします

結:アニメでも、いま、背景のひとびとは、ひどいものだと黒く塗りつぶされてあって、主人公だけしか描かれていないことがありますよね。あそこには、描く喜び、世界を作る快楽がなくなって、ただ「アニメであること」しかない気がします

む:そのものが目的化してしまってるんですね

結:「アニメにしなければいけない」というのかな。さっきのぼくの画の強迫症的症候みたいにね(笑)

む:美大のマンガ家コースみたいなのの卒業制作を見た時にもそんなことを感じたかもしれません。テクニックを学んではいるけど、学んだ「手法」しか表現されてない

テクニックすらヒドイものでしたが・・・って悪口ばっかりになってしまう!

結:じぶんが好きなものを見つめ続けるということは、ほんとうに難しい。でも難しいことに挑戦しているんだって思うことはできると思うんです

む:うんうん

結崎さんの短歌は、すごく読んでて楽しかったです

結:え!? ここで?????!!!

む:ダメでした?(笑)

結:ありがとうございます。光栄です

楽しいってほんとうにうれしいな。

む:寝る前にちょこちょこ読んでたんですけど、読みながら眠くなる・・・ってこれ褒めてないみたいですけど、なんていうんですかね、すごくイメージのちからを試されるじゃないですか。なんで読んでるとすごく気持ちよく夢に移行できるというか、そういう感じがあって、そういうのがよかったです

具象と抽象がほどよくて。抽象的すぎると多分わたしは楽しめなかった。イメージにのっけてもらいやすい言葉でしたね

結:ぼくも少しは中層を攻められるようになったかな

やっぱり具体べったりだとつまらないし、かといって抽象的すぎると馬鹿っぽいし、そのへんが、難しいですね

む:面白いですよね。短歌全然興味なかったけど、短歌面白いなって思えましたよ

結:これからも短歌読まないひとに面白いって思ってもらえるような歌が書けたらいいな

む:なんか急に饒舌さ失せましたか?(笑)。照れますかねこういう話は

結:うどん食べてました(笑)

む:うどんとか急に町田康っぽいじゃないですか

結:腹減ったんで!

む:『喫茶 むぎ子の部屋』ではうどんも食べられる、と。まあじゃあ一方的に褒めますよわたしは

結:5首くらいあげてください

む:がってん。ちょっとエロいシリーズで好きなのは

挿入する愛のはじめのくれなゐのきみの眸のなかのさざなみ

結:むぎほさんに一字一句入力してもらってると思うと幸せですね

む:少女まんがっぽいリリシズムシリーズで好きなのは

わらひころげるぼくが天使攫はれるみたいにシーツ引つ張つてよもつと

結:いい歌だね。むぎほさんが引用するともっと

む:花も置いて待つてますのに部屋に来てくださらぬ神様の意気地なし

結:ああその歌を選んでくれますか!

む:下ネタシリーズで好きなのは

夏の夜に放尿せんと窓にたてば先つちよへ蝶々がとまりし

結:ヘンな歌ですねえ(笑)

む:ダジャレシリーズで好きなのは

ショートケーキ苺ひしめききみ笑ひ世のなかが由紀夫忌よりうきうき

生命倫理リンリと鳴きて涼やかに八本の管のすずむしすすむ

ですね

5首いきましたかね

結:ふしぎな歌えらんでくれる。まだ行ってません!!!!!

もっとよろしくお願い申し上げます!

む:欲しがりますねえ

石は夢みる(とんでゆきたくなあーい!)飛びつつ水のうへ跳ねて真夏の湖の底

も好きです!

結:それおもしろいねえ~!意味わかんないもん

む:こんなんいいんや〜と思いました

結:なぜか短歌になっているふしぎ

物凄く定型からはみ出ても、それを短歌にしてしまう怖さ。

む:小学校の授業だったら怒られてますね

ダジャレシリーズで生命倫理のうたの隣の

生きる意味忌み嫌はれて数百歳のいみちゃんのただ生きてあること

もいいですね

結:それもなんか忘れられないうただ

む:ご自身でお気に入りはありますか?

結:むずかし~!

む:今の気分でもいいですよ

結:垂乳根の口を開けああああああああああれしなきやと立上がる祖母

これは初めつくったとき、読むたびにあくびがでた(笑)。

む:わたしはそれ読んだ時笑いました

結:おばあちゃん立っちゃうんだ(笑)

笑ってくれるなんて嬉しいな

む:まずぱっとみたとき「あ」で字数埋めてずっこいやんと思いましたし、意味を追って読んでからちゃんとおばあちゃんの「あああああああああ」が再生されたので笑いましたね

結:脳内の再生力ってやばいよね(笑)。 ほんとうにふしぎ

ずっこいやんにかててくわえて「垂乳根の」なんていうほとんど意味のない枕詞ついてるしねえ(笑)

む:なんか、大喜利的なセンスですよね

そういえばこのルールあったやんっていうのをいまさら引っ張ってくる感じ・・・

結:いろんな不可思議なルールがあるのでよみがえらせたいですね

こうやって引用してもらうといろんな要素があるんだね。エロとリリシズムとダジャレ、下ネタ……

む:読み返すたびにまた別の歌に目がいくかもしれないですね

結:こういう歌がないじゃんっていうのはありましたか?

む:え〜なんでしょうね。……漢字にカタカナルビで虫太郎テイストのもありますしねえ

結:ああいうのに凝っていた時代がありました(笑)。手書きで書いていると、とくに

む:旧仮名使いも最初からそうしてたんですか

結:旧仮名は最初からつかってました。おもしろいので

む:本読んでて未知の言葉に出会うとやっぱり使いたくなったりするんですか

結:そうですね。短歌はよいところは、あらゆることばを的確に使えることだと思っているんです。現代詩や俳句、小説では、なかなか使えないことばに、一回限りの生を与えうるのは、適度な長さがあって、あらゆる表現を許容してきた短歌だけかなあと。そういう意味では、ものすごくアナーキーな言語空間だと思うんですよね。外国語も可だし、天皇のことばも、犯罪者のことばも、同じ音数におさめうる

短歌のよいところ…

む:ルールにしばれすぎてつまらなくなるみたいな話もありましたけど、ルールがあるからこそいくらでも面白くなるみたいなのがなんか、表現の中でも特殊ですよね。プログラミングとか、ゲームに近いような気がします

そういう知的遊戯みたいな面が、ハードル高くもあるんですけどね・・・

結:田中宏輔さんという、ぼくがたいへん好きな詩人がいらっしゃるんですけれども、その人は、詩人は表現のエッジ(際)を広げていくタイプと、その広げられた裾野のなかでやっとみずからを歌いえて世界を豊かにするタイプとがいる、というようなことだったと思うんですが、そんなことを言っていらして、またもやぼくの勝手な解釈が加わってそうですけれどともあれ、金科玉条にしているんです。ルールを更新する人と、その更新されたルールによってようやく生きれた! 世界にでてこれた! って人とがいるのかなあと。

む:わたしは学校の授業で短歌とか俳句作らされた時は字数のこと気にするせせこましいタイプなんですが、そういう人間からすると自由律の短歌とか俳句はすごく眩しく思えますね

「それずっこいやん!」って思いつつ眩しいっていう・・・

結:ちょっとだけボーダー越えちゃうのが魅力的なんですよね。

む:学校の校則を律儀に守ってる人間が不良を非難しながらも心のどこかでは羨ましがってる・・・そういう・・・

そういうふうに、わたしは短歌に対して小難しく考えるところがあって、ほんとに苦手意識があったのですが、結崎さんの歌集を読んで、短歌はもっと自由で楽しいものなんだということを教えてもらったような気がします。わたしも挑戦してみたいですね。短歌。言葉に対する感覚が鍛えられそう

そういう点でも今回の対談で色々教えていただきました。人と対話して、好きなものを広げていくという今年のテーマにあった第一回になったんではないでしょうか(笑)

進行役としてダメダメでしたが、どうもありがとうございました。

結:いやいや、そそのかされて、いろいろ話してしまいました! ありがとう。最後のおまとめに対して、敢えて言わせてもらえば、短歌を作るのは、簡単なんですよね。けれども、短歌を読めるようになるのは、とても難しいことだと思います。安易に作り手になるよりも、よい鑑賞者でありたいと思います。何に対してもですが、こうして「さいこ~!」と思った絵描きとお話ができて、幸せでした。

む:フフフ・・・

結崎さんさえよければまたリベンジしたいです!

結:めちゃくちゃにリベンジしたい~~~!!!

む:ほんとすか!よかったです。なんというか、もっといくとこまでいけそうな感じしますよわたしは。ともかく、予想以上に長々と話してしまいましたが、どうもありがとうございました。

 

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