見知らぬ音楽に出会う – Lau Nau


こんにちは、ロロイです。

見知らぬ音楽に出会う、第二回は

「Lau Nau」

さんです。

このアルバムの「Koti」って曲が今回特にご紹介したい曲です。とりま聴きながら以下読んで頂ければ幸いです。

 

Lau Nauさんのプロフ

フィンランドのお方でアルバム4枚も出されてたりします。Kotiが収録されてる4枚目のアルバムはHome, somewhereってドキュメンタリー映画のサウンドトラックとか。北欧系のアーティストとしては静かな人気があるっぽいです。ジャンルっていうかキーワードでいうと、アシッドフォークでアンビエントで牧歌的で神秘的でチェンバー(室内楽)かつドローンで…ってのが並ぶんですが、まあ「普段なかなか耳にしない感じだな」って感じです。外国の音楽だなっていう。

以前はもっとほんとにギターと声でやってておもちゃっぽいの使ってノリの良い感じのやっててかわいいんですよ。この曲とか。まあ何言ってるかわかんないけど結構「祈り」っぽい事歌ってる感あって神秘は神秘なんだけど。↓

 

4枚目のアルバムのヤバさ

なんかね、曲調とかもそうなんだけど楽器の音がほんと聴き慣れないやつがあって。は?っつって。調べてみるとフィンランドの古楽器でライアってのがあって。弦楽器っていうか古代ギリシャでは竪琴って意味だったらしいけど。それの一種でヨーヒッコってのがあって。まあ馬の尻尾の毛を弦にしてたとかで、紀元前とかからあったもので、途中で歴史が途絶えたんだけど19世紀に民俗学者とかが再発見、復活させたってもんらしいんですよ。それを使ってるらしいんですね。聴いて頂くと分かると思うけど、厳粛な感じがする。自然の厳しさというか。寒い地方の音楽だなって。曇った冷たい空とふきすさぶ色の無い草原がどこまでも広がって向こうに氷河、っつーかバルト海ですかねこの場合。物悲しい、亡くなった人を想うような、お葬式の音楽かなっていう。でもそこには命を敬う気持ちというか、生命の賛歌でもあると思う。生き抜く事の大変さ、それを誇る気持ち。ガチなんだなって。動物とか植物とかおよそ人間以外の生き物たちのノリっていうか。

 

この音楽にどうやって出会ったか

新宿のタワレコ行ったんですよね。そこにこの4枚目があって。あすこの上の階の奥にこういう実験音楽めいたのが集まってて。その日は最初ジャズ買いに行こうと思ったんですよ。ジャズはジャズでいいなって最近思ってたもんで。で、まあ初心者だしコンピだよねっつって聴いてたら「色々あるんだな」って分かって。セロニアスモンクだけは何度も聴いててああいうのがジャズだと思ってたんだけど、なんていうかもっと軽いっていうか耳触りの良いやつとか結構多くてそういうんじゃないんだよなってちょっとシラケまして。ほんでレゲエも好きだから聴いてみたり、やっぱロックも良いから聴いてみたり。EDMだのエレクトロヒップホップだのなんかサンバとか南米系のやつとか万遍なく聴いていきまして。ああ良くないなって思いつつ。こうやって色々味見してると味がわかんなくなるんですよ、これだっていうのブレちゃう。

そんで

まあそういう時にリセットする時に実験音楽聴くんですけども、どれもこれも「今EDMが大体のエッセンス盗んでやっちゃってるよおたくらがやってる事ってさ」ってのが多くて。未だにこんなもんやってんのかどうなってんだボーカロイドなんか使ってるもんが我が物顔して陳列されちゃってるけどいいのかよあんたらオイ、みたいな超上から目線のうっとおしい感じで次から次ともう全部試聴できるもの聴いてったんですね。こんなもんじゃないだろあんたちはさ、もっとこう…ガッツリ濃いやつあるはずじゃないのかよ!?みたいな。熱い気持ちになっちゃいまして。

で、

チッ!!とか言いながらミュージックコンクレートがどーのこーのって緻密な文で自己満足な文をポップにぎっちり書いてあるのとかも完全に許せない気分で、そんなんだから衰退しちまうんだよバカヤローー!!って思いながらふとみっつ先の試聴機にlau nauの新譜っていうかこの文で言う所の4枚目のアルバムがあって。

ジャケが輝いてたんですよね。

あ、これだっつって。

聴いて。

嗚呼..っつって。

そういう事なんです。

 

今回のポイント

聴く時って、音と対峙しますよね。自分側には、まあ好きなタイプとか聴いてきた履歴とかが無意識のうちに並んでてそれと照らし合わせる作業があって。→と←の矢印で、真ん中でどうスパークするかが見極めポイントだとしますよ抽象的な言い方すると。でも今回のlau nauに関しては、→と↓っていうか。予想外の所、つまり自分の中の白紙の部分が立ち現れた。ほら、あんたこんな白紙の部分があるよ、知らなかったでしょっていう。そういう提示の仕方をされたっていうか。そうするともうほんと素直に生まれたての雛の様にサレンダーしちゃうんですよね。

まあ古楽器の音が新鮮だったってのが大きいです。曲自体は、アンビエントならまあこんな感じになるわなって感じではあるんですが、でもすごく潔い楽曲ではあります。ごちゃごちゃしてない。無駄が無い。生きる事っていうのはいろんな欲望を捨て去っていく作業でもあると思うんです特に今みたいな時代や社会に生きる場合。最後に残るものってなんなんだいってなかなか言いづらいんですよ日常に脂肪がついちゃうから。賢明に在るってのが難しい。何も無い時代の方がそういうのがスッて受け入れられたし伝わってきてたと思うんですね脈々と。そういうものがlau nauの曲にはあった。さすが昔の楽器っていうか。あと、昔の人らが考えていた生きる事についてのスタンスがこの音にも宿ってる気すらしますよね。言い過ぎですかね。

 

ずっと聴くかどうか

とはいえ、ですよね。普段何度も繰り返し聞くかっていうと聞かないですよね。やっぱり日々は日々で続いていくし、その都度「生きる事とは」とかちょっと合わないですよね。でも忘れないと思う。思い出してまた聴くと思う。最近なんか良い音楽あった?ってきかれたらこれ紹介すると思う。そういう..血肉になった感はややあります。今の所ちょっと思い込みっぽい感じもするんですけどね。

 

このコーナー、基本的に「なんかいいやつに出会う」ってコーナーなので、もし「これもいいよ」ってのがあったらツイッターで教えてくだシア