こんな映画をみた『軽蔑』


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どもども。定額動画配信サービスで映画をみました。

今回観たのは廣木隆一監督の『軽蔑』2011年の作品です。

中上健次の同名小説の映画化です。ちなみに原作は未読の状態での視聴です。

映画は新宿歌舞伎町のストリップバーからはじまります。鈴木杏演じるストリップのトップダンサー、マチと彼女を見つめる男、カズ。演じるのは高良健吾。カズの所属する組により、ストリップバーに手入れが起こり、その騒動に乗じて、二人は高飛びする。

二人が目指すのは海に面する自然に囲まれたカズの故郷、新宮。カズは新宮の土地持ちのボンボンで甘やかされて育ったクソガキで、悪友と遊び歩いてはやがて博打で借金まで負ってしまう。

親に頭を下げて金を借りようとするが、それもかなわず、物語はタナトスへとひた走ることになる。

『軽蔑』は1992年に発行された。中上はその2ヶ月後に急逝したため、この作品は遺作となった。

ただし、時代設定は92年当時ではなく現代に合わせられています。この点はグッジョブと言わせていただきます。中上が現在を舞台に小説を描いたらどんなものになっていただろうとファンなら必ず想像してしまうと思います。今生きていたとしても70歳ですから。

映画自体は退屈で安っぽく感じるところも多々ありましたが、中上健次の作品を逐語訳するとしたらこうなってしまうのは致し方ないのかなあとも思います。

でも、たとえばこれを青山真治が映画化していたとしたらどうだっただろう、なんていうふうにも考えてしまうのです。

青山真治の長編映画デビュー作『Helpless』はそう、まさに中上健次の影響を強く感じる作品でした。そしてなにより、中上健次が路地を映したフィルムを元にした『路地へ』という短編作品も監督している。


中上作品の、あの文体、作品の空気感としかいいようのないもの。

ザラッとした砂まじりの、潮混じりの風のような。口の中に広がる血の味のような。心のなかに広がる悪意のような、そんな感触。あれはいったいなんなのでしょう。

廣木隆一監督はヒキのショットを多用しており、カメラも手ブレが目立つ感じでしたが、それは『路地へ』のドキュメンタリー性を意識したものだったのであり、中上作品の特有のザラッとしたドライ感を表現しようとしてのものではないかというふうに考えてしまいます。

そのドキュメンタリーな風合いが必ずしも正解だったとはわたしは思えないんですよね。

たしかに、熊野の自然や新宮の景色をそのままに物語に落とし込めるという点でドキュメンタリーなテイストは正しかったのでしょう。でも、遠景からのショットより、もっと人物に寄せたカットが多くてもよかったのではないかと思います。せっかく俳優の演技がよかったので。そのほうがよりナマナマしい感じで、この作品の質感に合ったような気がします。んーでも、この監督、ピンク映画出身で、最近は恋愛ものを多く手がけているようなので、人間のナマナマしさというよりはこの作品のロマンチシズムな部分に寄せたかったのかもしれません。まあ、それはそれでアリなのかもしんないけど。

あとついでに色々文句つけるとすると、せっかくピンク映画出身なんだからもっと濡れ場がんばってもよかったのではないか。女優も脱いでるんだし。高良健吾クンの腰つきもっと堪能したかったす。

それからさぁ、「火」は中上作品において圧倒的な暴力であり脅威であり悪意であり力強さ、ひいては絶対にかなわない父なるものの象徴とも言えるものなので、火事のシーンはもっと執拗に炎を撮ってもよかったのではないか。オペラが鳴っていて身じろぎしない緑魔子はすごくよかったけど。もっと火の柱が倒れてくるとかさあ。

ま、そういった気になる点がいくつかありながらも、それらすべて瑣末なことのように思えるくらい、俳優陣もすばらしかったし、熊野川や熊野灘といった熊野の自然、そしてなにより新宮のまちが、路地が写し撮られているという点で500億点です。(わたしの熊野・新宮愛が詰まった旅行記も合わせて参照いただければ幸いです。https://note.mu/yutopiya_books/n/n6d517a4bd239

鈴木杏の脱ぎっぷりも素晴らしかったですし、高良健吾のハマりっぷりときたらどうだ!ピアスだらけのちゃらちゃらしたいかついヤンキーなのに、どこか甘いっていう。なんだろう…彼はどんな役していても隠し切れない天使性みたいなのありますよね。ヤクザな役も多いけど。南国顔だからちゃんと熊野の男に見えるし。しかも、若松孝二が監督した中上作品、『千年の愉楽』にも出ているんですよね。(この映画、当時気にしていたはずなのになぜか見逃していた!DVDにもなってない…若松孝二の遺作だからきっと観れる機会はあると思うが…)

賭場を仕切る、ラスボス大森南朋も素晴らしかったね!彼も中上感ありますね!どことなく似てる!?

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映画のハイライトはカズとマチが高飛びしよう!と行って新宮駅からブルーとエメラルドグリーンのラインが入った特急くろしお号に飛び乗るところ。しかし実際にはカズは出発直前に電車を降り、マチ一人逃がそうとするのです。

その時流れる憂歌団の『胸が痛い』

この映画をみながら始終、BGMがしっくりこないと感じていたのですが、ようやくハマる音楽が流れた!これよ、この砂っぽさ!ブルースが鳴っていて欲しかったんだよ!と膝を打つ思いでした。

そのまま一人新宮駅の改札を抜けるカズ。はあ、もうこうなってくると高良健吾が新宮のまちをただただ歩いているだけで感動です。もう、3兆2千億点差し上げちゃう!!

中上健次の小説を読んでいると、男主人公の放つ魅力にほんとうにくらくらしてしまう(そう、それはP・P・パゾリーニのテオレマでテレンス・スタンプ演じる男がブルジョアの家にやって来て家族全員を性的に撹乱させてしまうかのように)のですが、そんな男を演じることのできる俳優ってだれだろうと思っていましたが、それは高良健吾のことだったのですね。

そしてこの映画をみて何より痛感したのはやはり新宮という土地の特異性です。原作の時代から経た、現代を舞台にしたアレンジを加えているのにギクシャクしてない。時代が移っても、浮世離れした血や暴力やセックスの強烈な物語は新宮というまちの景色に溶けこむ。新宮というまちは海と山に囲まれた、コンビニもない土地だ。携帯の電波はさすがに入るけど、どのルートを使っても遠く、自然によって隔絶された神話の息づく土地だからこそ反近代社会的な生の人間の物語がよく似合う。