ブレ写真 -或いは失われるべき運命-


こんにちは、ロロイです。

スマホで撮った写真がブレてたらどうしてますか?私はある程度溜まったら削除してますスマホのストレージぱんぱんなので。

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気づき

これはディズニーに行った時録れたブレ写真です。色合いが面白くて「お」って思ったので消しませんでした。

フェイスブックを見るとブレ写真は見当たりません。ツイッターでネタ的に見かける事はたまにある程度。翻って、スマホ、いえネット以前のアナログの時代、自分の親類の子どもの時のアルバムを見ると結構ブレ写真があったりしますけどきっとブレ写真はこれから消えゆく運命にあると思うのですが、そこに面白さのしっぽみたいのに勘付いた次第なのです。

みんなにきいてみた

そんでもってツイッターで皆さんに「持ってます?」ってきいてみましたら意外とみなさん保有してたので紹介させて下さい。

ラミュ2

ラミュさんより。良い景色なのにブレちゃってる。良いのに。なんかじわじわくるんですよね。真面目な顔してるのにずっこけた感が親しみを産む。癒される。結構たくさん撮ったのに全部これだったら爆笑するしかない。

めで鯛

めで鯛さんより。手ってそんな躍動感でるんだ?っていう。でも餃子包んでる感、年末で急いでる感すら伝えてくるいわゆる「シチュエーション伝達力」に気づかされる。楽しそうだし。逆にブレてなかったらどうなってたのか気になる。

さくきゅん

さくきゅんさんより。イタリアかどこかで本物のモナリザを見に行って記念に一枚撮ったらブレちゃってたっていう。ガッツリ知らないオッサンの頭入り込んじゃってるしナナメだしブレてるし残念コンボで役満しちゃったっていう逆に奇跡的な一枚。モナリザ撮ったのこれだけだから不本意ながら保存していたっていう事情もクる。

他にもたくさん印象的なの頂いたのですがまずは第一回として。

偶然性と稀有性

ただネタとしてウケるっていう先にあるなんか奇妙な味があると思うのです。偶然性の産物、逆に狙っても出せない味。逆に撮りたいわっていう。ゲラゲラ笑いながらもふと、しかしながら、心の奥のセンチメンタルな鐘の音が鳴ったのです。元々消されても仕方がないこれらの運命っていうのは通常は高い確率で「間引き」される。無かった事にされる。現実社会の中で無用の長物に成り果ててしまった建物のトマソンなんてありますが写真のこれなんて生き残らないでしょ感。人為的ではない稀有性を孕むという意味合いにおいてアウトサイダーアートのいとこみたいな感じだと思う。

現代社会が失いし””熱””

デジタルネイティブが台頭してくる昨今、SNSは生活の一部となりつつも実は「ナチュラルに装飾」する時代となるのはフェイスブック等を見渡してみれば明白である。量産型女子みたいなね。右ならえ的な。要するに「小奇麗に修正されたリアル」がオフィシャルなリアルとして扱われる。臭いものに蓋的な、「人に見られたくないもの」を高いレベルで覆い隠し闇に葬る事すら可能になりつつある。そこには画一的に整理された冷静な世界と、少しでも失敗やそれこそ「ブレ」たものをあげつらう空気が支配するディストピアが私たちを待ち受けている!

いや熱は?

なんとなく熱って言葉を使うのがかっこよさげだから使ってみたけど使いどころが見つからないけどお分かり頂けたと思う。なんか飾り立ててキザっぽく振る舞うスノッブ的な鼻持ちならない世界が迫ってくる足音が聴こえる気がしないでもなくないですか?っていう事なのです。って書いてたら思った以上に話が壮大になってしまいましたが、このブレ写真のテーマにおいてはツイッターでシェアしてもらったブレ写真を見ながらあれこれ後づけの理論を展開していきたいと思いますので、「こんなブレがある」ってお方はわたくしにツイッターでいきなり投げつけて下さると深謝でございますのでよろしくお願い致します。

次回

次回はもっとお気楽に「ブレてるね~」と、ブレてる事自体にもっと偏ってせまってみたいと思います。